W.M.ヴォーリズとは

近江八幡で「隣人愛」の精神を実践し続けたヴォーリズ。ここではその生涯と、多岐に渡る活動分野(伝道、建築、教育、医療、事業)の概要を紹介します。

なぜ、米国人であったヴォーリズが「最初の近江八幡名誉市民」になったのか―。まずは、ここで「ヴォーリズ」その人を概観していただいてから、つぎの「建築家としてのヴォーリズ」へと進んでみてください。

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ウィリアム・メレル・ヴォーリズと一柳満喜子夫人

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少年期のヴォーリズ

生い立ち

父Johnと母Juliaの長男として1880年に生まれました。祖父と両親、母の姉とその娘(当時20歳くらい)という大人ばかりの中で幼少期を過ごしていました。彼が7歳の頃、一家はアリゾナ州フラッグスタッフに移住し、ここの素晴らしい気候・風土・環境は、彼の体と精神に大きな影響を与えました。

来日

学生時代にキリスト教の海外伝道の道を決意したヴォーリズは、伝道者として最初に派遣された日本・近江八幡の地を「世界の中心」と呼び、数々の苦難を乗り越え、83歳でその生涯を終えるまでこの地に永住しました。

生涯

満喜子夫人や多くの仲間に支えられながら、伝道活動を実践し続け、建築・医療・教育・医薬品事業など、多岐にわたる分野で活躍し、地域に多大なる貢献をしたヴォーリズは、近江八幡で最初の名誉市民になりました。

 

 

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ヴォーリズは、来日後すぐに着任した県立八幡商業高校で
バイブルクラスを開いた。